チラリズム古墳 隼人塚古墳
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雄略天皇陵のすぐ北にある古墳です
Googleマップより
Wikipedia、ネット情報によると
【名称】隼人塚(はやとづか)古墳
【陵墓名】雄略天皇陵い号陪塚
【所在地】大阪府羽曳野市島泉7丁目
【形状】方墳
【墳丘長】20m
【築造時期】?
宮内庁により雄略天皇陵の陪塚に治定されています
※陪塚(ばいちょう)とは
大型の古墳の周囲に隣接する小さな古墳で、大型の古墳に埋葬されている人物に関連のある人(親族や臣下)が埋葬されていたり、副葬品を埋納するために造られたと考えられている
日本書紀によると、雄略天皇に仕えていた隼人という人が天皇崩御後に悲しみのあまりに何も口にすることなく7日間泣き続けで死んでしまい、この古墳に葬られたとの話が記されているそうです
築造時期や出土品などネットで調べてみましたが、詳しいことはわかりませんでした
実際に訪れてみると、上のGoogleマップの航空写真を見てわかる通り古墳の周囲は完全に住宅に囲まれていて見るのが困難です
古墳の北西にある公園に入って住宅の間からチラッと見えたのが唯一でした
ちゃんと見れる人は周りの住宅に住んでいる人だけでしょうねぇ(笑)
チラリズムの極みな古墳でした
行き方・駐車場情報は雄略天皇陵の記事を参照して下さい