一部を復元 孫太夫山古墳
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仁徳天皇陵古墳の拝所のすぐ南にある古墳です
堺市HP、案内板、もず・ふるカードによると
【名称】孫太夫山(まごだゆうやま)古墳
【陵墓名】仁徳天皇陵い号陪塚
【所在地】大阪府堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁
【形状】帆立貝形前方後円墳
【墳丘長】65m
【築造時期】5世紀中頃
もず・ふるカード 表
もず・ふるカード 裏
宮内庁により仁徳天皇陵の【い号陪塚】に治定されており、前方部と周濠は堺市の史跡に指定されています
※陪塚(ばいちょう)とは
大型の古墳の周囲に隣接する小さな古墳で、大型の古墳に埋葬されている人物に関連のある人(親族や臣下)が埋葬されていたり、副葬品を埋納するために造られたと考えられている
本格的な発掘調査は行われていないようで、後円部が宮内庁、前方部と周濠が堺市の管理となっているようです
壊れていた前方部は大仙公園が造成された時に復元されたみたいです
実際に訪れてみると、大仙公園内の周囲の緑と同化していて古墳とはわかりにくい感じがしました
壕があるのでまぁ古墳かなぁとわかるかな(笑)
【行き方】JR阪和線【百舌鳥駅】より徒歩